お馴染み「スタジオグラフィックス」に「走れ、夢の超特急!! ひかり号」を掲載した。
そちらのページにはイラストも載せてみたけれど、こちらにも本文を転載しときます。
去りゆく憧れへのレクイエムであり、自分を含めた同世代へのエールのつもりで書きました。こんな感じで…。
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走れ、夢の超特急!! 「ひかり号」
夢の超特急と呼ばれ、昭和の高度経済成長期を駆け抜けた、初代新幹線「0系」がラストランを向かえたことは、もう皆さん、ご存じだと思います。
寂しいですね。
なんだかすごく寂しいです。
私は特段な鉄道ファンではありませんが、子供の頃、電車とNゲージ(鉄道模型)に憧れていた時期がありました。
毎年夏になると、まる3週間、山口県の祖母の家の里山で過ごしていましたが、当初、東京から山口へは新幹線ではなかなか行けなかったので、東京駅のホームで出発を待つ「ひかり号」を羨望のまなざしで見ていました。
世界最高速…
少年の心にそれ以上の感動を与える言葉はなかったと思います。
これに乗って大阪万博に行きたい・・
あの頃の、"時代のエネルギー"は、小さかった私の記憶にも、肌で感じた感覚も鮮明に残っています。
その頃、住んでいた立川は、田舎ではなかったけれど、Nゲージを置いている模型屋さんは数少なく、立川駅まで出かける用事があったときには、北口の第一デパートへ寄っては、あさかぜとひかり号の模型をショーケース越しに眺めていたのを思い出します。
誕生日の贈り物に買ってもらった"あさかぜ"の最後尾車両。
一番後ろの車両だけしかないのに、うれしくて、うれしくて、何度も何度もちゃぶ台の上を手で走らせていました。
いつか"ひかり号"も並べて走らせたい…と夢描いていましたが、振り返れば、それが叶うことはありませんでした。
やがて、うちだけでなく日本全体の生活に少しばかりの余裕ができて、多くの人が新幹線にも寝台車にも乗れるようになりました。
私も、念願のひかり号に乗って山口までの旅を楽しみました。
社内の速度計を見ながら、その速さに興奮したものです。
車両故障のため、途中で止まり、窓が開かないので蒸し風呂のような暑さを我慢したこともありましたが、それも今では良い思い出です。
ブルートレインの愛称で親しまれた寝台特急「あさかぜ」が去り、憧れだったあの頃の「ひかり号」が去る…
そんなニュースを聞くにつけ、なんとも言えない閉塞感のようなものを感じます。
ネットで、あさかぜと初代新幹線0系のNゲージを買いました。
線路もコントローラも持っていないので走らせることはできないけれど、自分のアイデンティティとしてして、なんだか手元に持っておきたかったのです。
走れ、あさかぜ!!
走れ、0系ひかり号!!
東京駅のホームを少しずつ動き出すあの雄姿。
きっと同じ世代の多くの人の記憶の中で、ずっと走り続けています。
がんばろう!!
走れ、昭和の人たち!!
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